トルコ旅行記 第17回:コンヤ観光(インジェ・ミナーレ神学校・メヴラーナ廟) [トルコ旅行]
スルタンハヌからバスで、昔のシルクロードを西のコンヤへ向かいました。
コンヤでは、インジェ・ミナーレ神学校の見学です。
1265-1267年に神学校として建てられましたが、今は彫刻の博物館になっています。
インジェが細長い、ミナーレが塔の意味で、細長い塔があった所からこの名前が付いているそうです。
元々塔の高さは現在の3倍あったそうで、20世紀になってからの落雷で長さが短くなってしまったそうですが、短くなってもトルコブルーが入った美しい塔でした。
↑細かな細工がいいですね。
中です。
今では、彫刻博物館になっています。
セルジュークトルコの紋章の双頭の鷲です。
ちなみに、これらの双頭の鷲の紋章は、色々な国で使われています。ウィキペディアで調べて見ると、
双頭の鷲(そうとうのわし、英語: double-headed eagle、ギリシア語: Δικέφαλος αετός、ドイツ語: Doppeladler)とは、紋章の一つ。ヨーロッパの国家や、東ローマ帝国において使用され今日に至る。「双頭の鷲」自体は古来より存在する紋章で、トルコでは紀元前6000年のものも発見されている。 東ローマ帝国における「双頭」は、東洋と西洋の双方に対するローマ帝国の支配権を表す。その後ロシア帝国においても、東ローマ帝国の後継を自負し「東(アジア)」と「西(ヨーロッパ)」に渡る統治権を象徴するためにこの紋章を採用した。 現在では東ローマ帝国の紋章として伝えられているが、この紋章が採用されたのは帝国末期のパレオロゴス王朝時代。つまり、実際には東西の支配権を失っていった時代である。また、一説には元々はパレオロゴス家の家紋として使われていたものだとも言われている。ただし古代以来、鷲がローマの象徴であったことは確かである。
そのほか、こんなレリーフもありました。
古い彫刻に興味のある方は、面白いと思います。
メヴラーナ廟です。
メヴラーナ廟・博物館内は、撮影禁止でした。
メヴラーナという人は、トルコでは、ものすごく有名なんでしょうが、大部分の日本人は、全く知らないと思いますので、ウィキペディアから、引用します。
1207年にホラーサーン地方の主要都市の一つバルフ(現アフガニスタン)において高名な説教師でもあった神学者バハーウッディーン・ムハンマド・ワラドの息子として生まれた。1219年頃にモンゴル帝国のホラズム・シャー朝遠征にともない、家族とともに戦火を避けて郷里のバルフを去り西方へ移住した。10年の流浪の末、ルーム・セルジューク朝治下にあったアナトリア(ルーム地方)中南部の都市コンヤに定住し、ルーム地方にちなみルーミーと号した。父バハーウッディーン亡き後、その高弟の指導によりスーフィーの修行を始めたと言う。その後シリア(シャーム地方)やメッカへ巡礼と留学の旅に出て、アレッポ、ダマスクスでイスラーム神学(カラーム)やハナフィー派法学を修め、父の後継として自らも説教師の仕事に就いた。 1244年頃、コンヤを訪れた放浪のスーフィー修行者シャムスッディーン・タブリーズィー(シャムセ・タブリーズ)と出会うと、彼の感化を受けてそれまでの形式的説教や生活態度を破棄し、彼を師匠と仰いでスーフィーの修行者として一生を捧げる事を誓ったという。シャムセ・タブリーズに神の愛の具現像を見い出し、これ以降師に日夜仕えながらサマーウ(アッラーフの神名を唱えつつ音楽や踊りを通じて忘我・陶酔境に至るスーフィーの修行法のひとつ)などに日夜没頭した。この時代にシャムセ・タブリーズによって詩的才能の開眼を受け、シャムセ・タブリースが突如失踪した後までに神秘主義的熱情から多くの抒情詩群を生み出した。この時の詩を編纂したものがルーミーの初期の作品『シャムセ・タブリーズ詩集』になる。 1261年(一説には1259年)に愛弟子フサームッディーンの懇願によって神秘主義詩の傑作となる『精神的マスナヴィー』の執筆が始まる。これは、自我の滅却によって人間存在を本源的真理へ帰還させることを唱った作品冒頭に掲げられる18句を主題として展開された全6巻、約2万5000句におよぶ長大なマスナヴィー形式の叙事詩である。 ルーミーの他の作品としては、散文作品に『ルーミー語録』、『七説話』がある。この『精神的マスナヴィー』は「ペルシア語のクルアーン」と呼ばれるほど後世に絶大な影響を与えている。 1273年にコンヤ(アナトリア、トルコ)で没する。
(写真は、ネットからの借用)
集団で旋回しながらサマーウを行うメヴレヴィー教団の修行風景 メヴラナは尊称。ルーミーとはローマの人のことで、後年に住んだアナトリアが以前東ローマ帝国(アラビア語ではルーム)の領土だったことによる。1273年ルーミーの没後、コンヤの墓廟を拠点としてかれの弟子によってコマのように回って踊るサマーウ(セマ)という儀式で有名なメヴレヴィー教団が形成された。
コンヤのお泊まりは、ここです。
お迎えは、この女性でした。(前に紹介しましたが、アンコールに応えてもう一度――誰もしてないかな。)
すばらしいホテルで、インターネット接続も、珍しく無料でしたので、旅の途中で、ソネットに接続出来ました。
夕食は、バイキングでしたが、ドイツ人、日本人、沢山のツアー客で、満杯状態で、大変でした。
日本人のツアー客も、若者が多く、びっくりしました。
(この時期、トルコ、エジプトを組み合わせた格安の若者ツアーが、沢山あったようです。)
コンヤでは、インジェ・ミナーレ神学校の見学です。
1265-1267年に神学校として建てられましたが、今は彫刻の博物館になっています。
インジェが細長い、ミナーレが塔の意味で、細長い塔があった所からこの名前が付いているそうです。
元々塔の高さは現在の3倍あったそうで、20世紀になってからの落雷で長さが短くなってしまったそうですが、短くなってもトルコブルーが入った美しい塔でした。
↑細かな細工がいいですね。
中です。
今では、彫刻博物館になっています。
セルジュークトルコの紋章の双頭の鷲です。
ちなみに、これらの双頭の鷲の紋章は、色々な国で使われています。ウィキペディアで調べて見ると、
双頭の鷲(そうとうのわし、英語: double-headed eagle、ギリシア語: Δικέφαλος αετός、ドイツ語: Doppeladler)とは、紋章の一つ。ヨーロッパの国家や、東ローマ帝国において使用され今日に至る。「双頭の鷲」自体は古来より存在する紋章で、トルコでは紀元前6000年のものも発見されている。 東ローマ帝国における「双頭」は、東洋と西洋の双方に対するローマ帝国の支配権を表す。その後ロシア帝国においても、東ローマ帝国の後継を自負し「東(アジア)」と「西(ヨーロッパ)」に渡る統治権を象徴するためにこの紋章を採用した。 現在では東ローマ帝国の紋章として伝えられているが、この紋章が採用されたのは帝国末期のパレオロゴス王朝時代。つまり、実際には東西の支配権を失っていった時代である。また、一説には元々はパレオロゴス家の家紋として使われていたものだとも言われている。ただし古代以来、鷲がローマの象徴であったことは確かである。
そのほか、こんなレリーフもありました。
古い彫刻に興味のある方は、面白いと思います。
メヴラーナ廟です。
メヴラーナ廟・博物館内は、撮影禁止でした。
メヴラーナという人は、トルコでは、ものすごく有名なんでしょうが、大部分の日本人は、全く知らないと思いますので、ウィキペディアから、引用します。
1207年にホラーサーン地方の主要都市の一つバルフ(現アフガニスタン)において高名な説教師でもあった神学者バハーウッディーン・ムハンマド・ワラドの息子として生まれた。1219年頃にモンゴル帝国のホラズム・シャー朝遠征にともない、家族とともに戦火を避けて郷里のバルフを去り西方へ移住した。10年の流浪の末、ルーム・セルジューク朝治下にあったアナトリア(ルーム地方)中南部の都市コンヤに定住し、ルーム地方にちなみルーミーと号した。父バハーウッディーン亡き後、その高弟の指導によりスーフィーの修行を始めたと言う。その後シリア(シャーム地方)やメッカへ巡礼と留学の旅に出て、アレッポ、ダマスクスでイスラーム神学(カラーム)やハナフィー派法学を修め、父の後継として自らも説教師の仕事に就いた。 1244年頃、コンヤを訪れた放浪のスーフィー修行者シャムスッディーン・タブリーズィー(シャムセ・タブリーズ)と出会うと、彼の感化を受けてそれまでの形式的説教や生活態度を破棄し、彼を師匠と仰いでスーフィーの修行者として一生を捧げる事を誓ったという。シャムセ・タブリーズに神の愛の具現像を見い出し、これ以降師に日夜仕えながらサマーウ(アッラーフの神名を唱えつつ音楽や踊りを通じて忘我・陶酔境に至るスーフィーの修行法のひとつ)などに日夜没頭した。この時代にシャムセ・タブリーズによって詩的才能の開眼を受け、シャムセ・タブリースが突如失踪した後までに神秘主義的熱情から多くの抒情詩群を生み出した。この時の詩を編纂したものがルーミーの初期の作品『シャムセ・タブリーズ詩集』になる。 1261年(一説には1259年)に愛弟子フサームッディーンの懇願によって神秘主義詩の傑作となる『精神的マスナヴィー』の執筆が始まる。これは、自我の滅却によって人間存在を本源的真理へ帰還させることを唱った作品冒頭に掲げられる18句を主題として展開された全6巻、約2万5000句におよぶ長大なマスナヴィー形式の叙事詩である。 ルーミーの他の作品としては、散文作品に『ルーミー語録』、『七説話』がある。この『精神的マスナヴィー』は「ペルシア語のクルアーン」と呼ばれるほど後世に絶大な影響を与えている。 1273年にコンヤ(アナトリア、トルコ)で没する。
(写真は、ネットからの借用)
集団で旋回しながらサマーウを行うメヴレヴィー教団の修行風景 メヴラナは尊称。ルーミーとはローマの人のことで、後年に住んだアナトリアが以前東ローマ帝国(アラビア語ではルーム)の領土だったことによる。1273年ルーミーの没後、コンヤの墓廟を拠点としてかれの弟子によってコマのように回って踊るサマーウ(セマ)という儀式で有名なメヴレヴィー教団が形成された。
コンヤのお泊まりは、ここです。
お迎えは、この女性でした。(前に紹介しましたが、アンコールに応えてもう一度――誰もしてないかな。)
すばらしいホテルで、インターネット接続も、珍しく無料でしたので、旅の途中で、ソネットに接続出来ました。
夕食は、バイキングでしたが、ドイツ人、日本人、沢山のツアー客で、満杯状態で、大変でした。
日本人のツアー客も、若者が多く、びっくりしました。
(この時期、トルコ、エジプトを組み合わせた格安の若者ツアーが、沢山あったようです。)
昔からの建物と、最新(?)のホテルとの比較が面白いですね^^
by achami (2010-05-10 14:51)
貴重なお写真有り難う。
ご訪問&ナイス有り難う。今後ともよろしくお願いします。
今日はご迷惑かけました。
by 吉之輔 (2010-05-10 15:13)
先週の所ジョージの学校では教えてくれないそんなトコロでテリーさんのトルコ旅行記 第13回のギョレメ野外博物館とカッパドキアを紹介していました。
ここ知ってるって感じで見ました。
by ciscokid (2010-05-10 15:27)
トルコをご旅行でしたか、羨ましいです。
お泊りのホテルも素敵、こんな女性が迎えてくれるなんて、感動します。
メヴラーナ廟、素晴らしい建物ですね。
by 青い鳥 (2010-05-10 17:38)
トルコ楽しみにしていたのに、重くて動かず、訪問もままならず、ほとほと困ってしまいました。
電気工事専門の人が来て、分電盤の機械を取り換えたので、今日からなんとかなりそうです。
これからも、よろしくお長いします。
by せつこ (2010-05-10 17:39)
こんばんは^^
トルコブルーに惹き付けられますね~
ここに行くことがあったら、やはりこの色の何かお土産が欲しくなります。
最近旅行にも若い子たちがいますね。モン・サン・ミッシェルで日本人団体客と一緒になりましたが、わたくしたちは高老年、しかしそのグループは若者が半数以上でした。
by mimimomo (2010-05-10 18:03)
まさに異境です。
by SilverMac (2010-05-10 18:37)
私は旅行したことがないので、貴重な写真有り難うございます。
by mamii (2010-05-10 20:25)
トルコ、素晴らしい国ですね。
一度歴史の概略だけでも勉強してみなければいけませんね。
おむかえの女性、素敵ですね。よーく覚えていました。
by emu310 (2010-05-10 20:51)
こんばんは。トルコは日本に好意的だと聞いたことがあります。
独特の建物ですね。トルコブルーというんですか、素敵です(^。^)
by yakko (2010-05-10 21:32)
achami さん
今夜のホテルは、思い切り、近代的でした。カッパドキアの洞窟ホテルとは、好対称でした。
吉之輔さん
いいえ、どういたしまして。
ciscokidさん
所ジョージのTVで、放送していましたか?
それは、私も見たかったですね。
青い鳥さん
コンヤのホテルの女性は、美人でした。撮るこの女性は、きれいな人は、ものすごく、美人ですね。
せつこさん
思いもかけないところに、通信速度を阻害するものが潜んでいましたね、でも、解決してよかったですね。
mimimomoさん
トルコブルー、色々、あります。陶磁器とか、トルコ石とかーー。
ちょっと前は、卒業旅行と言うのがありましたが、今は、更に低年齢層まで、多くの人がツアー旅行していますね。こういう人と一緒のグループだと、互いに気を使いすぎて、旅行がたのしくならくなるかもしれませんね。
SilverMacさん
イスラム教の世界は、別世界ですね。
mamiiさん
ナイスとコメント、ありがとうございます。
emu310さん
是非、トルコの歴史を勉強されるといいです。私も旅行前に、何冊か、トルコの歴史書を借りてきて読みました。
ものすごい歴史ですね。
yakkoさん
今年は、日本とトルコの友好150周年だそうです。日本人のことについて、小学校の教科書にも出てくるそうで、すごく、日本人に友好的です。
by テリー (2010-05-10 23:06)
建物の丸みが、異国だ・・・^^;
by たいへー (2010-05-11 07:59)
海外でのネット接続無料は嬉しいですね。^^
by ジョルノ飛曹長 (2010-05-11 12:40)
神学校、これだけ立派な建物だから博物館になるのもわかりますね~
外側はもちろんだけど中の細工も綺麗☆
イスラムの国だけあってモスクや教会や博物館と見ごたえたっぷりですね(^-^*)
by がぁこ (2010-05-11 13:04)
750年も前の建造物とは思えませんね^^
トルコブルーも綺麗です。
by hrd (2010-05-11 15:32)
こんにちは^^
トルコの建物はヨーロッパとは又違った趣のあるものですね。
細かい細工が素晴らしいです♪
トルコブルーは大好きな色です!
トルコ石の指輪とペンダント、イヤリング持っています(^^)
by いろは (2010-05-11 17:11)
たいへーさん
モスクは、日本では見かけませんので、確かに、異国という感じですね。
ジョルノ飛曹長さん
海外のホテルは、結構高い料金を取られることが多いのに、ここは、無料でした。
PCを持っていった甲斐がありました、
がぁこさん
イスラムは、モスクが多いですね。ミナレット(搭)も立派なのをあちこちに作っています。日本でも、お寺や神社があちこちにあるのと同じですね。
hrd さん
石造りの建物は、永く残りますから、いいですね。
いろはさん
トルコ石のペンダントとイヤリングをお持ちですか、いいですね。私もトルコブルーの色が好きです。
by テリー (2010-05-11 23:54)
いつまでも何かを待ってるだけで未来は変わらんだろjk。今のままの人生に満足してるのか?
ちょっとは行動してみる気、ある?
QOL(Quality of Life)上げたいなら試してみれば
http://a81jc1y.nippon.charitie.info/a81jc1y/
by MATO (2011-04-02 17:50)